808とAphex Twinとレイヴカルチャー

この記事はフィクションです. 記事内に登場する物質名, 地名, 人名はすべて創作であり実在する特定のものと関連付ける意図はありません.

筆者は日本の法律を遵守しています. 多くの幻覚作用を有する物質は日本国内において違法です. 筆者は違法な幻覚剤使用に反対しています. この記事において読者を違法な幻覚剤使用への興味に誘導させる意図は全くありません.

 

続きを読む

プログラミング・マーケティングについてのよさそうな記事

プログラミング・マーケティングについてのよさそうな記事です.

主意は前回

cyche.hatenablog.com

と同じです.

 

www.data-sos.com

webtan.impress.co.jp

エンジニアの働き方とかについてのエモい記事 | κeenのHappy Hacκing Blog

↑これはなかなか役立ちました. 

抜け駆けしたい同人作家のための、インプットを爆発的に増やす情報収集ワザ2選 | ありんこ書房

note.mu

fussan01.com

mizchi.hatenablog.com

 

音楽・DJ関係の備忘録という名の厳選ブックマーク

おはようございます.

毎回chromeのタブをクソほど開いて, メモリのリソースを気にしつつも消せずに放置するのが嫌なので自分なりに

 

①Twitterで強そうな人がいっぱい言及してて良記事っぽいから後で読みたい

②もう読んだけど今の自分にとってためになりすぎたので定期的に見返したい

 

という2点において記事をまとめました.

 

僕は普段iOSの公式Twitterクライアントを使っていて, 良記事を見つけるとsafariにページとして飛ばして, 「後で読もう」と思うことを繰り返すことで, 死ぬほどタブがたまっていく現象に悩まされています. みんな経験あるよねこれ.

そういう意味でもたまったら定期的にここに飛ばそうと思っています.

では以下記事内容です. ①の場合はコメント無し (コメントするあまり意味がないので) ②の場合は簡単にコメントしています.

 

imoutoid's websitoidwired.jp

【Interview】tofubeats | "SHOPPINGMALL"の孤独 - FNMNL (フェノメナル)

jp.residentadvisor.net

www.billboard-japan.com

サイケアウツG 特集PT.2 | GHz

 

サイケデリクス体験 セッション② 6/11

サイケデリクス体験 6/11

ベース:オーロリクス 300mg

ミドル:ACRB 2.5g

 

※サイケ童貞卒業体験であるところのセッション①はまた次の機会に書きます。

あんまブログ書く時間取れずなんで一先ずまとめてた雑記を投稿。

 

前回は5gでかなり強かったと認識したので3gでと思ったが、結局2g+0.5g追い飲みで十分だった。

 

セッティングは、閉め切った部屋にエジソン球のぼんやりした明かり。手元で光度調節可能。隣に彼女。

 

18:20 お茶を飲む。

効き始めの段階は、やはり20分ほどは何もない。平常意識状態。

前回以降、平常意識であっても暗闇の中に見える模様がDMT幻覚のそれに似てきており、おぼろげな模様の中にDMT幻覚の虹色感をちらっと認識することができる。

18:50 身体がじんじんする。酒に酔ったふらつき感、体が軽くなる、緊張感と高揚感が入り混じった気持ちのいい状態。手足の心地の良い痺れと下腹部の温かさ。心臓の鼓動は普通。変性意識状態への入りかけを感じる。目を閉じると虹色の集中線のようなものが次第に見えてくる。ああ、いよいよ始まったな、という感じ。

しばらく胡坐をかいていたが、布団に横になる。身体がじんじんすることで身体感覚があいまいになってくる。目をつぶっていたところ、例の身体感覚喪失の状態になり始める。例えば左ほほに手を当てながら目を閉じると、閉じる直前に見えていた左手の光の残像が暗闇にぼんやり残ったままになる。手を当てている感覚は残るが逆に他の感覚が消え去っていく。(一つの感覚に集中するとそれ以外の感覚が消え去り、集中している感覚に対して意識が研ぎ澄まされるという現象:以下”過集中”と呼ぶ)

前回ほどいきなり深いところに落とし込まれ、時間感覚まで狂うことはないようだ。

 

2,3回目を閉じて開けるを繰り返した。目を開ける度に相変わらず行って帰ってきた感覚。何か見ていたが思い出せない。体感15分くらいだったが2分もたっていない。目を開ける度に変性意識が強まっていくのを感じる。

 

数度目、ぼんやりした暗い赤色で、ビスマス結晶のような複雑な網目模様で形作られた生物が見え、それと同時にまた魔境に入るという不安感と、やっぱりやめよう、幻覚を見るなんておかしい、帰ろう、でも酔いだしてしまったのでどうしようもない、というとてつもない不安感が介入してきた。ここで理性の力によって、「このような不安感はいきなり起こりえるし、一時的なものだ。簡単にポジティブな方向に戻せる。そもそも前回より少ない量だし大丈夫だ。」という意識を刷り込ませ、体を起こし用意していた景色の画像を見るとすぐに不安感は消え去っていった。

 

 

【絵を観続けるフェーズ】

今回は薬で落とすこともせず、作用が終わる3時間はずっと目を開けているつもりだったので、景色の絵を観始めた。が、現実の写真だと通常意識よりはきれいだなとは感じるもののそこまで。(おそらく画質が悪かったせいも。)

 

ここで、「幻想 画像」と検索してiPadできれいな絵をみ始めた。(*変性意識状態でも基本的には検索するなどといった「複雑行動」は行えるが、不快感が強くなる。頭を使うことが疲れる。)

しっくりくる絵を探すうちにすぐ、この画像が目に留まった

f:id:cyche:20180626152157j:plain

https://sylar113.deviantart.com/art/landscape-36-477459847

結局のところこの一枚の絵を45分以上?見続けることになった。

ここでの後述する様々な知覚変化の発見は今までの人生で経験したことがないもので、ドラッグ感が強い体験だった。(もしかしたら物心ついていない時分には経験していたのかもしれない。)絵を観るという行為に対する考え方が大きく変わった。

例の過集中の状態なので、魅入っている間は他の感覚は消え去る。一つの絵を観続けることがとても気持ちがいい。LSDをやって自分の手首のCandiをみ続けるキャンディーレイバーの気持ちがわかった。

 

 

まず、みているうちに光が画像全体に散らばっているように見えて、非常にちりばめられた光が放たれている絵に見えてきた。光のレイヤーが絵と分けられているように見えた。そう思ってちょっと頭をぼんやりさせるだけで光のレイヤーがどんどん強調され、絵に描かれている具体的なモチーフは消えさり、綺麗な色彩のみを感じた。右下の光る花と雲のあたりの切れ間の光が同じ光量でもって強く輝いて見えた。本当はどういう絵だっけ?と理性をもって無理やり瞬きするとまた普通の絵に戻る。非常に美しいし不思議な体験。

 

次に、また見続けていると中央の雲がいきなり木に姿を変えた。びっくりして隣の彼女に「絵の見え方が変わった!」と話しかけるレベルには突然の変容だった。雲が三角形の日立の木のような緑、中央の月の街灯の木が大木の右端、左端は勝手に雲のうねりを脳内で形作って左に、といった形でイメージで大木を作り上げていた。また、左の木々が消え去り、左側から朝日が照らしていて大木と小川(道も小川に変わっていた)がそれに照らされている、といった絵に変化した。神秘をみるような、非常に面白い心持ちだった。

 

また、目を近づけると(視界いっぱいに絵が入ってくるほうが心地よかった)筆遣いや色彩の微妙な変化がはっきりとわかる。描いた人がどのようにレイヤーを置いてどの色を混ぜたかもわかるような気がした。

やはり意識をぼんやりさせるとすぐに具体的なモチーフは消え去り、散りばめられた光がカラフルに発光している状態が固定されていく。心地良い。

 

通常の状態でこの絵を見ると右側の大きい月のモチーフと左の女性に目が行きがちだが、変性意識状態で常に見続けていたのは真ん中の雲と、全体にちりばめられていた光の粒、うねる道だった。

 

オルダス・ハクスリーの“知覚の扉”「空間関係は無くなる。時間は無限にある。色彩感覚とパターンが最も重要なことになる。」という主張が痛いほど理解できた。

 

知覚の扉 (平凡社ライブラリー)

知覚の扉 (平凡社ライブラリー)

 

 

空間関係に関しては「どうでもいい」といった感情。理解する必要がない。だから雲の切れ間の発光が手前の道の花の発光より暗いし、それは奥にあるからだ、といった(素面では当たり前だからわざわざ意識してすらいない)空間の関係性が消え去る。より抽象的に見るので遠近感もなくなる。

ただし、空間関係を認識した結果としてのこの絵の(通常意識状態でも感じる)シチュエーション的な綺麗さはその綺麗だという感覚のみが増幅されて在りつづける。空間関係があることはわかりつつもどうでもよくなる。

 

時間感覚は無い。いつまででも観ていたいという気持ちだがそのいつまでというリミットすら意識から消える。「気づいたら2時間経っていた」もあり得るし、それは時間を意識して初めて時間が「経っていた」ことに気づく感じ。

 

色彩感覚が異常に研ぎ澄まされ、意識の大部分を占める。素面では絶対に汲み取れない色の奥深さ、色彩に富んでいることの素晴らしさに感動し続ける。雲の微妙なもやのパターンから様々なイメージを作り上げる。顔が多い。雲の中央にチョコボールのキョロちゃんのような顔も浮かぶし、中央の街灯の月二つから薬屋のケロちゃんのような顔も浮かんだ。コミカルなイメージは非常に良い。小川に見立てた道の真ん中で釣りをしている人も見えた。

 

【20:00~20:30頃】

個人的な内面と向き合った。絵で起きた変化よりも断然自分の人生にとってポジティブな変化となった。

内面と向き合うと感覚は消え去り、自分との対話になった。アカシアの効きは補助的なもので今は変性意識ではなく本当の自分の心と向き合っていると感じた。

 

思うに変性意識状態では普段の生活でフルに使っている「理性」の厚いベールが徐々にはがされていくのを感じる。何かを調べたり、理解したり、人と(対人関係を意識して)話すなどの、理性をもって行っている複雑行動は嫌になっていき、あったかい、きもちいい、きれい、たのしい、といった心で感じる純粋な感情がどんどん表に出てくる。だからこそ普段自分で自分に隠していた自分のダメなところをつきつけられ、落ち込んだ。その後深く自身と対話していき、その過程で内面がポジティブに変容していった。

 

プロセスとしては、

綺麗だったな→現実に戻りたくないな→現実ってこんな心安らぐことだったり純粋な気持ちを感じることがなくて大変だなあ、人生嫌だなあ→自分の快楽主義的なところが浮き彫りに→そもそも現実でも逃げてるじゃないか→様々な現実の諸問題が意識されてBAD気味に→一通りBAD入りつくした後にこれは自分の問題だし、いつか考えるべきところだ、今向き合えてよかった、今こそ向き合うべきだ、という気持ちがわいてくる→自分は適当な人間だ、もっと現実の様々な問題にきちんと対処しろ→心が安らいでくる→アカシアは快楽を与えて現実から逃れさせるドラッグではなく、体験を糧にしてあくまで現実の自分を変えて現実で頑張るものだ→次は現実を安定させた後にもっと不安がない状態でいつかやろう→それまではやらなくていいし、自分幻覚剤に溺れないでちゃんと自我を立脚させてるじゃん!サイコー!現実頑張ろう!

といった気持ちの変化だった。

 

その後、映画”アバター”を観ていたが、観始めるとかなり現実感が強く、主人公が襲われるところで同じように襲われる気持ちになってしまい、観るのをやめてしまった。

ゆるい萌え系日常アニメとかが最適なように感じた(次回は試してみたい)。

何度か目をつぶると曼荼羅模様DMT幻覚の片りんは見えるが、目を閉じて没入していく気にはもうならなかった。

その後Slackで友人と話していると心は落ち着いた状態で、かつふわふわしており、高揚感と何かを始めたい、いろいろやりたいといった心地の良い気持ちのまま次第にセッションを終えた。

途中トイレに行ったが体がふわついていて風船のようだった。体内にヘリウムが入っているようだった。

完全に抜けきったな、とわかり部屋を見渡すと一気に現実感が出てきた。

 

21:00ごろ

飲んでからほぼ二時間半できちんと抜けきった。

快適な気分と爽快感が身体に染み渡っており、脳内がクリアになった感覚。

様々な体験をしすぎてたった二時間半しかたっていないのが信じられない。

無性にアウトドアな活動をしたくなっていたし、以前はなかった自然に対しての敬意があった。絵の見方も変わったし自分ともはっきりと向き合った。

人生において最も素晴らしい二時間半だった。

とりあえずしばらくはやらないかな。やらないことを選択できる心地よさ。

 

以下雑文

 

DMTというかアカシアは、セッション中、電子的な幻覚のパキパキ感?(LSDやったことないので知らないが)よりは自然とか土の臭さとかいうようなイメージが強く出る。幻覚もなんか色も質感が強くて電子感はゼロ。

間違いなく禅とかヨガの境地に至る。健康な状態に持って行ってくれる感じ。

理性はいらないな、と感じる。複雑な感情がセッション中とても邪魔に思う。煩悩を捨てるみたいな密教の教えとかわかる気がする。無我の境地みたいなのに行き着くんだろうなと思う。

二回目にして感情を理性で「無理に」抑え込むことの無意味さ、両立もできることの素晴らしさに気づき、そこの考え方に関しては明らかにセッション前後で変質している。

 

目を閉じた時に没入していく幻覚世界に関しては今回は現実でほとんど入り込まなかった。たぶんDMTの本当の効きはそっちの世界で感じられるんだろうなと思うが魔境が怖くて入り込めず。ただ回数を重ねるたびに慣れていく感はある。まだ二回目だけど。

 

しらふになっても時々自分の思考がふっと切り替わる感じがセッション中のものと同じに思えて今キマってないよな?と思う。つまり現実での現実乖離感覚、が、非常に薄い感覚。(量増やしたらどんどんこの感覚が濃くなりそうで怖い)

 

綺麗にお茶を煮出したら嘔吐感も頭痛も全くなかった。身体変化はぽわぽわして痺れと末端の冷え以外は辛いことが一切無し。

一日経ってこの文を書いているが、セッション最後に感じたことに関しても変わりなし。